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札幌高等裁判所 昭和27年(う)279号 判決

控訴人 被告人 谷川晋 外一名

弁護人 杉之原舜一

検察官 金井友正関与

主文

原判決を破棄する。

被告人等を各免訴する。

理由

弁護人杉之原舜一の控訴趣意は同人提出の別紙控訴趣意書記載の通りで、これに対する判断は次の通りである。

昭和二十五年政令第三二五号占領目的阻害行為処罰令(以下政令第三二五号という)は連合国最高司令官の日本国政府に対する指令の趣旨に反する行為、その指令を実施するために連合国占領軍の軍、軍団又は師団の各司令官の発する命令の趣旨に反する行為及びその指令を履行するために日本国政府の発する法令に違反する行為を処罰するものであることは、同令第一条及び第二条によつて明白である。元来政令第三二五号の基本法たる昭和二十年勅令第五四二号はポツダム宣言を受諾して同宣言の定むる諸条項を誠実に履行すべき義務を負い且降伏文書に調印して同文書に定むる降伏条項を実施するため連合国最高司令官の発する命令を履行するに必要な緊急措置として制定されたもので、政令第三二五号の趣旨は右勅令とともに降伏条項の実施にあるのであつてこの降伏文書には「ボツダム宣言ノ条項ヲ誠実ニ履行スルコト並ニ右宣言ヲ実施スル為連合国最高司令官又ハ其ノ他特定ノ連合国代表者ガ要求スルコトアルベキ一切ノ命令ヲ発シ且斯ル一切ノ措置ヲ執ルコトヲ天皇、日本国政府及其ノ後継者ノ為ニ約ス」また「天皇及日本国政府ノ国家統治ノ権限ハ本降伏条項ヲ実施スル為適当ト認ムル措置ヲ執ル連合国最高司令官ノ制限ノ下ニ置カルルモノトス」とあつて右降伏文書は旧憲法の定めるところにより天皇の大権に基きポツダム宣言を受諾し旧憲法の予定しなかつた旧憲法以上の効力を有するに至つたものである。これは日本国憲法の施行後においても同様であつて、降伏文書は超憲法的基本法を成すものであつた。従つて最高司令官の指示は超憲法的権力の発動と見るべきものであり、この指令の趣旨に反する行為を処罰することを定めた政令第三二五号第二条の規定は連合国の占領下においては憲法上その有効性を容認しなくてはならなかつたものである。ところが平和条約の発効により占領状態は終了し日本国民の主権が完全に回復した現在においては、改めて憲法に照らしその合憲性を判断しなければならないのである。

何人といえども、わが裁判所においては、日本国憲法の定めるところに従つて制定された法規範に違反した場合に限つて刑罰を科せられる。これが憲法第三十一条の本旨である。従つて可罰行為は、国会の制定した法律によつて規定されなければならないのであつて、もし当該法律において単に刑罰の種類範囲のみを定め直接に、その違反を処罰すべき法規範を定めないとき(いわゆる空白刑法)には、他の法律においてその法規範を定めるか、または当該法律の委任によつて他の行政機関がこれを定めなければならない(いわゆる委任命令)。これは日本国民に保障された基本的人権として侵すべからざるものである。それゆえ連合国最高司令官の指令の定めるところを法規範とし、これに違反する行為をもつて処罰の対象とする政令第三二五号の規定が右憲法規定に違反するものとして効力を否定されるべきものであることは、完全な国家主権における司法本来の姿として当然のことである。そうすると、平和条約発効後において連合国最高司令官の指令の趣旨に反する行為に対し刑罰を科することは、たといその違反行為が平和条約の発効前すなわち日本国民の主権の制限されていた連合国占領中になされたものであつてもこれを限時法の効力として容認しえないのはもちろん、右違反行為に対する罰則の適用について従前の例による旨を定めた昭和二十七年五月七日法律第一三七号第三条の規定はその効力を有しえないのである。けだし違憲の処罰法規の効力を存続させようとする法律の規定自体が違憲であるところから生ずる当然の帰結である。

以上説明するとおり、政令第三二五号中連合国最高司令官の指令の趣旨に反する行為を処罰する規定は、平和条約の発効によつて効力を失つたものであつて、かようの場合には刑事訴訟法第三百三十七条第二号にいう犯罪後の法令により刑が廃止されたときに該当するものと解するのを相当とするから、判決で免訴の言渡しをしなければならない。

本件公訴事実は起訴状記載のとおりであつて、要するに、被告人等は連合国最高司令官の一九四五年九月十日付「言論及ビ新聞ノ自由」に関する覚書の趣旨に違反し連合国に対する破壊的批評を論議したもので、政令第三二五号に該当するというにあつて、原審において各有罪の判決言渡があつたものであるところ、右判決後前説明のとおり右公訴事実に対する刑の廃止があつたので、刑事訴訟法第三百九十七条、第三百八十三条により原判決を破棄し、同法第四百条但書、第三百三十七条第二号を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判長判事 藤田和夫 判事 成智寿朗 判事 臼居直道)

弁護人杉之原舜一の控訴趣意

原審判決後本件に関しては刑の廃止があつたので原審判決は当然に破棄されねばならぬ。

(一)昭和二十五年政令第三二五号は専ら連合国のわが国に対する占領状態を前提とし占領秩序の維持を目的とする立法である。従つて占領状態の終了即ち本年四月二十八日を以て当然その効力を失うものである。昭和二十七年法律第八一号は平和条約発効と同時に実体的にその効力を失うべきポツダム政令を形式的にのみその効力を存続せしめようとするものであつて何ら法的効力を生ずるものではない。昭和二七年法律第一三七号は既に実体的にその効力を失つたポツダム政令がなお効力ありとする前提の上に立つての立法であるから、法律としての効力を生ずる余地はない。

(二)仮りに右の点を度外視するもなお刑の廃止があつたものと言わねばならぬ。本件は一九四五年九月十日附「言論及新聞の自由に関する覚書」の趣旨に反する行為として昭和二五年政令第三二五号第一条第二条により有罪の判決が原審においてなされたのである。しかし前記覚書は本年四月二十八日平和条約の発効と同時に当然その効力を失い、右覚書の趣旨に反する行為については昭和二五年政令第三二五号第一条第二条による刑も亦同日をもつて廃されたものといわねばらなぬ。昭和二七年法律第八一号によれば、いわゆるポツダム政令については平和条約発効日まで何ら立法上の措置がなされないものについては一定の期間その効力を有する旨規定されており昭和二五年政令第三二五号は平和条約発効後なお一定期間その効力を存する政令とされておるのであるけれども、前記覚書の効力まで存続せしめる趣旨でもなくまたいかなる法をもつてもその効力を存続せしむることはできない。従つて昭和二七年法律第八一号により昭和二五年政令第三二五号がその効力を存続しうるのは少くとも前記覚書の趣旨に反する行為を除外した範囲に限られるものといわねばならぬ。

若し四月二十八日以後においてもそれ以前の前記覚書の趣旨に反する行為につき昭和二五年政令第三二五号を適用せんとするのであればかかる「行為に対する罰則の適用については、なお従前の例による」趣旨の立法措置が前記昭和二七年法律第八一号において若くは四月二十八日以前に特になされねばならぬ。然るにかかる立法措置が何らなされていないことは公知の事実である。もつとも昭和二七年法律第一三七号第三条第一項の規定があるけれども、それは昭和二五年政令第三二五号がなお効力を存する範囲のみについての規定であつて、すでに刑の廃止された前記書簡の趣旨に反する行為にまでその効力を及ぼすものではない。

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